【第3回】「かわいそう」は、支援にならない

福祉や外国人支援の仕事をしていると、「かわいそう」という感情はとても自然に生まれます。相手の置かれている状況や、これまでの経緯を知れば知るほど、その気持ちは強くなるものです。

私自身も、これまで何度となく同じ感情を抱いてきました。ただ、現場に立ち続ける中で、はっきりと分かったことがあります。それは、「かわいそう」という感情だけでは、支援は成立しないという現実です。

善意が裏目に出る瞬間

現場では、ときどき次のような判断が行われてしまうことがあります。

「今回は特別に…」「本人も大変そうだから…」「後で何とかすればいい」。その場を丸く収めるために、できない約束をしてしまったり、説明を曖昧にしてしまったりするケースです。

その瞬間、相手は安心します。「分かってもらえた」「助けてもらえた」と感じるでしょう。しかし、後になって状況が変わらなかったり、約束が守れなかったりすると、不信や怒りに変わります。

結果として一番傷つくのは、支援を受ける本人です。そして支援関係そのものが壊れてしまうこともあります。

期待を持たせないという支援

S.A.アソシエーションでは、できないことはできないと伝えます。それは冷たさではなく、後で裏切らないための誠実さだと考えています。

今は難しいこと、条件が整えば可能性があること、別の選択肢なら現実的なこと。そうした説明を丁寧に行うことが、結果として本人の生活を守ることにつながります。

期待を煽らず、現実を共有することは、ときにがっかりさせてしまうかもしれません。それでも、嘘をつくよりは、はるかに誠実な支援だと私たちは考えています。

感情と判断を切り分ける

この仕事では、相手の気持ちを受け止めることと、判断を下すことは、別の作業です。気持ちに寄り添いながらも、判断は制度や事実、契約に基づいて行います。

この切り分けができなくなると、支援は「仕事」ではなく、「個人的な関係」や「依存」に変わってしまいます。それは、誰にとっても幸せな結果を生みません。

「かわいそう」と感じる心は大切です。ただ、その感情に引っ張られず、冷静に判断する力も同じくらい重要です。

次回は、なぜS.A.アソシエーションは「線を引く」支援を大切にしているのかについて、もう少し踏み込んで書いていきます。