福祉や外国人支援の仕事には、「人の役に立つ仕事」「やさしい仕事」というイメージがあります。誰かの人生に関われる、社会的に意義のある仕事だと感じて、この分野に興味を持つ方も多いと思います。
それは決して間違いではありません。ただ、有限会社S.A.アソシエーションの代表として、現場に立ち続けてきた人間として、一つだけはっきり伝えておきたいことがあります。
この仕事は、決して「きれいな仕事」ではありません。
板挟みになるのが、日常です
私たちの仕事は、常に複数の立場の間に立つ仕事です。利用者や外国人本人、その家族、受け入れ事業所、行政機関、そして制度や法律。それぞれが正しいことを言い、それぞれに切実な事情を抱えています。
しかし、そのすべてを同時に満たす答えは、ほとんどありません。誰かの希望を叶えれば、別の誰かに無理が生じることもあります。その現実から、目をそらすことはできません。
その中で私たちは、感情ではなく、事実と責任をもとに判断します。その判断は、ときに冷たく見えるかもしれません。「味方じゃないのか」と思われることもあります。
気持ちだけでは、守れない場面がある
現場では、「かわいそうで断れなかった」「何とかしてあげたかった」という言葉を耳にすることがあります。その気持ち自体を、否定するつもりはありません。
ただ、現実には、一時的なやさしさが、後になって本人を一番苦しめるケースも少なくありません。制度を超えた約束や、曖昧な説明は、その場では安心を与えても、後で必ず混乱や不信につながります。
「言ってくれればよかった」「最初から説明してほしかった」。そう言われる場面を、私は何度も見てきました。
割り切りは、冷たさではありません
この仕事では、すべてを救うことはできません。正しく対応しても、感謝されないこともあります。ときには、こちらが責められることさえあります。
それでも支援を続けるためには、感情を切り替える必要があります。それは冷たくなることではなく、仕事として支援を続けるための技術です。
きれいではない現実と向き合いながら、それでも投げ出さず、淡々と支援を積み重ねていく。その先にしか、本当の意味で人の生活を支える仕事はないと、私は考えています。
次回:「かわいそう」は、支援にならない